動の時代から静の時代へ 新村信也
健友40周年記念おめでとうございます。思い返せば、私が板橋区政参加とほぼ同じ歳月が過ぎていること感慨一入です。
① 動の時代 定例の異動期でない2月1付で、衛生部公衆衛生課長の辞令交付を受けました。年度末で、しかも予算議会が差し迫っていて大変重要な時です。十分な引き継ぎも受けない議会対策は初めてのことであり、管理職の厳しさと多忙さを体験したものです。
次に厚生部福祉課長に異動しました。国際障害者年にあたり、区の行動計画の策定がありました。ここで2年間のあと教育委員会庶務課長に異動しました。行財政改革が始まり、学童擁護の民間委託と小中学校の機械警備への改革の実施がありました。特に警備機器の一斉設備には2晩の徹夜完行を行いました。校長会や関係者等との協議のほか職員組合対策に苦慮したものです。ここで6年勤め、赤塚支所長1年で職員課長に異動しました。
ここでは、週40時間勤務制の導入が始まり組合対策では、特に12月28日と1月4日に夜遅くまで交渉をしたことがありました。ここで3年間を勤め、衛生部長に異動しました。高齢福祉部と衛生部の合併を含む保健衛生計画と区の4番目となる健康福祉都市宣言の達成が出来ました。区長をはじめ、上司、職員の皆さんのご指導、ご協力をいただいた事に感謝しています。
② 静の時代 退職して特別養護老人ホームなどで8年間勤めましたが、現役当時に比べ静の時代を25年過ぎました。
高齢者となり生産的な事は出来なくなりました。晴耕雨読の心境で、あと10年、母親の95年を目標にして生き続けたいと願っています。
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