40前の思い出40年前のアレコレ 40年前は昨日の如く 大境 登志子
40年前私は新設の上板橋保健相談所にいた。女医の所長をはじめ20代~40代の働き盛り14名、和やかで家庭的な職場だった。
保健所が区に移管され初代の衛生部公衆衛生課長は、「これからは寝たきり対策を」と他区に先駆けて寝たきり訪問看護事業を開始、全国的に注目を浴びた。委託看護師の派遣調整は衛生部N保健師が行った。おとセンも介護保険制度もまだない時代である。
エイズもこの頃問題となってきた。謎で不可解な病で、M所長は「アメリカがベトナムで行った悪行で神が罰を与えているのだ」とよく言っていた。保健師の研修がありTさんが出席、職場での研修報告は「私の人格にかかわる」と拒否された。性感染症として蔓延しているが、今は治療薬ができているらしい。
福祉事務所老人担当のワーカーY氏とはよく同行訪問をした。忘れられないケース。「〇〇エイ子は私の娘です」と訪問の度に言っていた。曲線美の売れっ子歌手からまとまったお金をもらい親子の縁を切ったらしいが、近くなので昼に食事を運んで喜ばれた。
駅近くの大きな屋敷から汚いボロボロの毛布を被ってやせた小男が出てきた。Y氏は人間らしい生活をと老人ホームをすすめた。いこいの家の終い風呂を借り本人を入浴させ全身を洗った。垢がひっきりなしに湧き出し、20年ぶりの風呂でさっぱりしたと笑顔に。
検診の結果、肺結核と判り即入院のちに精神科に転院した。蟻のむらがる布団に横たわるアル中婆さん等々、次々に40年前のことが想い出されてくる。
当時のメンバーで年1回の会合は去年コロナで中止、今年はこれからだがどうなることか、コロナの早い収束を願っている。